京都の謎!都づくりは陰陽道に基づいている?

京都の謎!都づくりは陰陽道に基づいている?

京都は一年を通して、日本人だけでなく海外からの観光客にも人気の街です。世界遺産はもちろん、四季折々の風情を楽しめます。また、交通の便も良く、西からも東からもちょっと小旅行をするのにちょうどよい場所に位置しているため、京都に行ったことのない人は少ないと思います。

京都は見所がたくさんあるので何度言っても飽きないと思いますが、ただ観光をするのではなく、テーマを決めて旅してみてはどうでしょうか?

そこでひとつ、面白いテーマをご提案します。

少し前に、狂言師の野村萬斎さん主演の映画『陰陽師』に注目が集まりました。映画をきっかけに安倍晴明を祀る神社が京都にあることは周知のとおりです。でも、京の街が陰陽道に基づいて作られていることはご存知でしたか?知られているようで知られていない事実です。

京の街は聖獣に守られている

風水で「四神相応」という用語があります。これは東アジアや中国などで大地の四方を司る「四神」の存在に最もふさわしいと伝統的に信じられてきた地勢・地相のことです。東に豊かな川の流れ、西に大きな道、南は広い平野や海などの視界が開ける場所、北は山や丘陵が備わる地が「四神相応」であるといわれています。そして、東を青龍、西を白虎、南を朱雀、北を玄武の「四神」が守っています。

この「四神相応」が1200年以上前に京に都が置かれた理由です。

東の豊かな川の流れが「鴨川」、西の大きな道は「山陽道、山陰道」、南の視界が開けた場所は「巨椋池(おぐらいけ)」、北の山や丘陵は「船岡山」または「鞍馬山」と言われています。巨椋池は現在埋め立てられてしまい存在しませんが、街づくりに風水を取り入れたことで平安時代は約390年間と長続きしたと言われています。

鬼門封じの数々

「四神相応」同じく、京都に根付く風水の影響は「鬼門封じ」です。

古来中国では北東と南西に巨大な敵がいたとされ、万事に忌むべき方角として北東を「鬼門」、南西を「裏鬼門」と呼ぶようになりました。

この鬼門封じとして、平安京の東北にあたる右京区修学院には「赤山禅院」が建てられています。また、比叡山も京都の東北にあたり延暦寺も鬼門封じとして建てられたのではないかと言われています。

それだけでなく、京都御所の東北にあたる部分は角が切り取られています。「角がない」つまり「鬼門がない」ということ。さらに鬼門除けとして木製の猿が祀ってあります。このお猿さん、夜な夜な逃げ出して通行人にいたずらをするといういわくつきで、逃げないように金網が張ってあります。
そしてもう一つ興味深いお話が。御所、上京区寺町通今出川上ル西入ルにある幸神社、赤山禅院、比叡山麓の日吉大社、この4か所すべての屋根に猿が祀られており、一直線上のラインに位置しているといわれています。徹底して鬼門封じをしていたことがよくわかりますね。

御所の角が切り取られている話に戻りますが、角がない建物は御所だけではありません。西本願寺、東本願寺も同様に東北に位置する塀の角がありません。また東寺も敷地内の東北にあたる部分は建物もなく広い無益なスペースの様になっており、現在は駐車場として利用されています。

また個人宅でも鬼門に「難を転ずる」の意味を持つ南天や「鬼が嫌う」と言われるヒイラギを植えたりしています。街中を散策するときに、民家の東北にあたる箇所を見てみてください。意外と今でも忠実に教えを守っている家があると思います。

何気なく建っているように思える建物も、風水の教えに基づいて建てられているのが京の街です。

何度も観光で訪れたことがある人は、ちょっとだけ気にして散策してみてください。今までにない、面白い旅行ができるかもしれません。

風水  風水

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